9月25日(金)~26日(土)、文化人類学、医学人類学を専門とする独立研究者の磯野真穂氏を講師にお迎えし、令和2年度第1回人間講座「健康を追い求める私たちは健康になれるのか?」をオンデマンドにより開催し、多くの方にご視聴いただきました。
磯野氏は、「健康になる」ということと「食べる」ということについて人類学者の立場からお話されました。
まず、「食べること」とは、単に栄養を取るという意味だけではなく、社会的な意味があると述べられました。例えば、ある地域では食糧をたくさん所有していることを顕示したり、食べ物を周りと交換することで社会的なつながりを作ります。また、お酒を飲みに行くことは、非日常の空間に入り、それを皆で共有するということ。つまり仲間との飲酒という行為には、仕事とプライベート、時間と空間に折り目をつけるということにもなるとのこと。さらに、人気の漫画のストーリーを例にとり、「食べ物」やそれを「食べる」という行為には、思い出を呼び起こすといった社会的な意味があると説明されました。
次に、あるカフェでの商談の際に、コーヒーではなく抹茶のフローズンドリンクをオーダーした社会人が、商談中に叱責されたことを失敗例として取り上げ、私たちは知らないうちに、長い時間をかけ、どういう食べ方が適切なのか、失敗を繰り返しながら学んでいるので、意識しなくても置かれた状況において、食べ物や食べ方を選ぶことができるのだと説明されました。このように身体化された食文化を「ハビトゥス」と呼び、感覚的なレベルになったハビトゥスを使って、まわりの社会的状況にうまく依存しながら食べられることが、「ふつうに食べられる」ということだと述べられました。またふつうに食べられない摂食障害について、社会とのかかわりを希求して始めたダイエットが、結果として、社会から、そして家族からも本人を孤立に追いやる切なくてつらい病気となってしまったことを、ある女性の例を挙げて説明されました。
最後に、なぜ医学が私たち人間に口を出すようになったのか、そしてなぜ私たちはそれに従おうと思うのか。それは、自分の身体の感覚や個々の状況が生み出す意味に寄り添って食べるのではなく、科学に信頼をよせ、自分の身体をコントロールするよう要請されているためであり、科学に基づく食は一つの食べ方の指針ではあるが、私たちは社会的な生物として食べていくという意味を大事にしていかなければならないのではないかとまとめられました。